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August 2005

August 26, 2005

世界は烏と泥酔者のものである…酔っ払いの光景

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いうまでもなく馬鹿騒ぎをして酒をアオッタからだった。
午前様となって麻布をさ迷っていると、日が昇ってきた。飲みすぎは良くないと思う頭がある反面、酔っ払っていることと睡眠不足が祟った状態であることの、ほど良い高揚感が気持ち良い。世界がクリアになっていく。脳内の麻薬がドピュっと吹き出ているかもしれない。睡眠・二日酔いジャンキーである。早い話が、アル中予備軍でしかないが…。
そんなさなかこういうヴィジョンを残したいと思い、ポケットを見たらケータイがあった。眺める光景が面白く、ばちりばちりと写真を撮った。いまではこんなものにまで映像記録装置がついているから、酔っ払いの写真家しか知らないような光景を残すことができる。
写真とは、まず写真機と写真家の関係が大切である。いつも肌身離さず持っていてこそ、良いスナップが撮れるのだと思う。蓋しシロウトは、カメラを買うのはいいが、普段持ち歩く人は少ない。

写真のなかの女が五時半の酔っ払いを冷ややかに見つめている。何、私見ないでよと。写真の女が撮られる時も、またポスターを製作しているデザイナーも、広告代理店も、そういうメッセージを発するとは思っていない。朝の五時半の男の眼差しもそうであるし、真っ当な社会の境界線を越えてしまうと、すべてのメッセージは暴力的にもなりうる。

私はこれらを、「世界は烏と泥酔者のものである」というタイトルにする。

ケータイ泥酔写真道というものを謳い、その第一人者になってみたいと思う此の頃である。<tokyotaro>


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August 17, 2005

イスラエル・テロリズム・希望

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「暴力はただ暴力に抗する場合にのみ正当化される」と、十九世紀末にロシアの無政府主義者、バクーニン等は言った。ロシアの帝国主義に対する方法として、テロリズムというコンセプトが発明されたのである。
以来政治的な手法としてのテロリズムはメディアの台頭とともに拡張された。なかでも9・11のアメリカ帝国主義への拮抗として、アラブ人過激派が貿易センタービルを破壊した事件の効果は凄まじいものだった。

アメリカ人にとっては、間違いなく9・11は歴史的な転換点である。強大な軍事力も、自国攻撃の危険を避けることができないことを自明にしたからである。高度資本主義社会にとって、城壁は存在しない。(グローバルなネットワークを閉じたら、早晩アメリカは潰れてしまう)

そしてブッシュ大統領の主張する「対テロ戦争」というスキーム(テロリズム自体に対抗するという計画)が実施されるのだが、それは一方で帝国主義の強化=権力による正当化されない弱者への弾圧であることも事実である。

やはりそこには、南北の格差という問題が大きく残っている。グローバリズムに準拠する先進国である限り、テロリズムというウィルスを完璧に除去することはできないだろう。しかし暴力という方法でなく、オルタナティブな方法を模索できるとしたら事態は変化するかもしれない。

そのひとつの形として、イスラエルのガザ地区よりの撤退が実施されている。希望を感じさせる政策であり、ブッシュ大統領の意志が感じられる。確かにいままでの行動が、まるで病原のウィルスを除去しようと、ピストルを自分に向けて撃っていたようなものだと気づいたのかもしれない。

この問題は別にブッシュ大統領=アメリカ人だけの問題ではない。アメリカ合衆国の傘のなかにいる日本人にとっても避けることができない問題である。

政治的に難しい局面であるが、だからこそ、パレスチナ人をサポートしていく役割を日本は担うべきと思う。国連における地位云々ではなく、世界第二位の経済国(世界の資源を消費している大国)としての義務であるし、また同じアジア人として捨て去るべきでない。

宗教および政治体制の問題をどうこう言うのは、核心を逸らしてしまう。急激に、世界は富める者とそうでないものの対立になっている。蓋し、メディアの発達がその不満を加速させている。

その問題を真摯に考えなくてはいけない。<tokyotaro>


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August 11, 2005

ジャズと東京の夜

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ちょっといいコンサートがあるんだけど、聴きに行かないと美女に誘われるままに、六本木の老舗のジャズ・ラウンジ(サテンドール)へ。音楽事務所に勤める彼女はビックバンドに興味があるらしく、古き良き時代のジャスを捜し求めているらしい。
 
 扉を開けると、100席ほどの店内に18名のミュージシャンがウォーミングアップしていた。ドラム1名、ベースギター1名、パーカッション1名、バリトンサックス1名、トランペット4名、トロンボーン4名、テナーサックス2名、アルトサックス2名、ピアノ1名(バンドマスターは砂川氏)、ヴォーカル1名という錚々たる編成である。そして店内は大盛況だった。
 
 僕は日本人のジャズミュージシャンが大編成のジャズをやるのかとう驚きとともに、ビックバンドならではの音のうねりとハーモニーを堪能した。ライブハウスの会場を考えると、トリオ、またはカルテットあたりでも採算がと思うのだが、そこでビックバンドとはとても贅沢である。
 
 かつて東京・赤坂見付のホテルニュージャパンの敷地には、”ニューラテンクォーター”があった。フランク・シナトラ、サミー・デイビスJr、ナット・キング・コールが出演したという素晴らしいラウンジだったと伝説のように語られている。まさにビックバンド全盛の時代だった。

 モダンジャズ以前の、1950-60年代の在りし日の記憶のなかにしか存在しないビックバンドの音楽。しかし、いまでもその生の演奏には、誰もが素直に感動できる力を秘めていると思う。
 
<tokyotaro>


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August 04, 2005

Lotus Elanとの蜜月

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このエランSEとの関係は、もう10年になる。

91年の東京モーターショーに展示されているのを見て惚れてしまい、その4年後に僕は中古を一台を手に入れた。その当時、走行できるに値するライト・オープンカーの選択肢はというと、MG、またはマツダのロードスターしかなかった。コーリンチャップマンのオーラというものに侵されている私は、ロータスというブランドの呪縛から逃れる術を知らなかった。ポルシェよりもロータスの英国のバックヤード魂が素晴らしいものに感じられたし、FFまた日本製のエンジンであるということも、(マクラーレンF1もデザインした)P・スティーブンスの華麗なデザインと、卓越したハンドリングの感触の前には小さな問題だった。

当時新車価格が700万円もした1600CCの自動車だったので、とても贅沢なものを買ってしまったと感じた。かつてアトランティック商事のショールームで、「うちはローンで買うお客などいませんよ」と慇懃に言われたことを思い出し、凄いものを買ったなと身の丈の小ささを恥じた。

その後、雨の時はタオルは必携だったもののトラブルも少なく、ミッレミリアを観戦に行く時、東北道で最高速度を試したり、箱根の山道でスカイラインに追っかけられたりと、さまざまな局面で性能を発揮し、楽しませてくれた一台である。

少なくとも21世紀になるまでは、ライト・スポーツカーの領域では傑出した存在だった。

現在でも、0-100km 6秒台の俊足は変わらない。最高速ではエリーゼよりも速い。しかし自動車テクノロジーの進歩とともに、やはり旧車趣味の領域になってしまったことは否めない。コンピューターの制御もなく、ロータス伝統のバックボーンフレームのシャーシと、FF・ミドシップと言える重量配分、左右・前後の全長比が限りなくスクエアであること、軽量であること等、物理的な特性にのみ依拠したスポーツカーである。

勿論、現在のレーシングカーの定石も同じである。しかしサポートするコンピューター(知能)の性能が桁違いである。個人的には、サーフィン用に購入したSUVが軽く走り出すのを感じ、もはやライト・スポーツカーの性能優位は、ケータハム・スーパーセブンとか、アリエル・アトム等のスパルタンなスポーツカー(フレームが剥き出しで、エンジンが付いているバイクのようなもの)まで徹底しなくては、現在のレベルについていけなくなったのだなと痛感した。

そうであっても趣味としては、こういう少し古いスポーツカーがいい。個人的にはルノー5ターボ、アルピーヌV6等の学生時代に憧れた自動車には、いまでも心を揺らされる。

巷ではのアースウインドファイヤや、エアサプライ等、AORのヒット曲を集めた『Melody』のようなコンピレーションCDがヒットしている。そのうち自動車趣味も懐メロが流行するかもしれない。

<tokyotaro>


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