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March 2007

March 01, 2007

ホワイトカラー・エグゼンプションは復活するのか?

エゴイスティックな人々たちが、矢鱈日本には蔓延っているなと痛感するこの頃だ。
近年日本を瓦解させようと企んでいる法律が多いと思う。なかでも恐ろしい悪法だと私は思うのは、ホワイトカラー・エグゼンプションだ。サラリーマンの評価を、時間から成果へと変革させる法律として立法し、ワーキングスタイルからの自由な社会を実現するのだという。本当に笑止千万だ。
いったい日本の社会においては、真っ当な近代人もしっかり確立していないというのに、そんな自由な個人として会社と対峙する人格があるとは到底考えられない。
TV等でも有名な財部 誠一氏は、以下のようなコメントをYahooニュースに残している。

そもそも人間には、それぞれペースがあり、生きるスタイルがある。だが宮仕えをする以上は、組織に自分を合わせることが強要される。無理が過ぎれば、仕事の効率が落ちるばかりか、精神的にも追い込まれる。

 私は20年以上、職業として原稿を書いてきて、つくづく思うことがある。それは人間の脳は24時間、均一なレベルを維持することができないということだ。脳も疲れる。疲労がたまれば、効率が落ちる。そもそも私の脳は朝型で、午前中でなければ良い原稿が書けないという強迫観念すらあるほどだ。だから私は夜中には原稿は書かないし、徹夜もしない。どうしても〆切に間に合わないようなら、3時間でも4時間でも一度寝てしまう。そして朝早く起きて、それからまた書く。逆に、午後3時前後に私の脳の活動はもっとも停滞するので、できるときは20~30分の仮眠をとる。そういうスタイルを私は20年以上、続けてきた。
<中略>
 これからはサラリーマンもそういう生き方をすべきではないだろうか。どんなに忙しくても、自分のペースとスタイルを守ってさえいれば、少なくとも精神を病むような事態には至らないないだろう。それよりもなによりも、作業効率は格段に上がるはずだ。ホワイトカラー・エグゼンプションはまさに、この点において大きな役割を果たしうると私は考えている。その是非を、「カネ」の議論に終始せず、サラリーマンの「生き方」という視点から考え直してみる必要があるのではないだろうか。

そもそも彼のように高い能力もあり、自己管理で生活できる人は稀である。
確かに経営する立場からは、経営のリスクとなる人的資源の固定化及び高コスト化を改善したいのは当然である。だが法の理念の根拠がまるでファンタジーでは、労働者は納得できない。どこの会社に、自分が自由に選べる仕事があるのだろうか。そして利益部門が無限にある会社があるのだろうか。まるで空飛ぶ絨毯があったら、飛行機はいらないというようなものである。

時間も、労働内容も恣意的に決められ、また経営戦略の意識が乏しい日本企業に導入された際には、社内政治の強化=会社内のいじめが多発化するだろう。現実的には、企業内に適正な評価をする基準など、明確にないのである。だから長時間働きたくて働く人はいないのだから、それが本人の責任だと問うなど不可能である。
起業家であるとか、文化評論家という人間たちは、サラリーマンの現実を知らない。また日本の文化的な土壌に個人主義は育ちにくいことも分かっているのだろうか。

蓋し政府が外国政府の傀儡であったなら、買収しやすいように下草を刈るのも無理はないが。

tokyotaro

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断片。月に落下していく隕石の姿。

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諸行無常の響きあり。
無常観を感じる映像<イメージ>だった。
21世紀になっての映像技術とメディアの整備によって、いままで観たことがないものが見れるようになった。NASAが提供している月に衝突する隕石の映像も、そのひとつである。

月は深くわたしたちの生活に関わっている星である。今日は大潮だなとか、小潮だなと、私はサーフィンをするようになってからとても月の存在を強く感じるようになった。月は毎日の潮だけでなく、28日周期でわたしたちにさまざまな影響を及ぼしている。でもそれは地球→月の視線であって、人の観念でしかない。月は観念を超越して存在しているという真実を、いまさらながらに痛感する。

その映像の断片は、とても痛烈な批評のようだ。幾千年の歴史も一時の幻か。人生の儚さを覗き見るような心地がするのは、蓋し私だけではない。

<tokyotaro>


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