« March 2007 | Main | June 2007 »

April 2007

April 02, 2007

ハワイを巡る私の記憶

Imgp0768_1

三月の半ば後輩の結婚式でハワイに滞在していた。今回ハワイ(オワフ島)に来るのは二度目で、どちらも他人に強いられて訪れたのだった。僕は苦い過去の記憶から、無意識にハワイを遠ざけていた。
義理の祖父が日系人で、その祖父との関係が私とハワイを隔てさせる壁となっていたのだ。それを今回の島に滞在したことでちゃんと理解し、意識できたと思う。それはとても大事な収穫だった。

結婚式の前に島に入り、毎日ワイキキの沖合いでサーフィンをしていた。島の山々には雲が広がり、時折天気雨が降り、海面で銀色の跳ねる雨粒となった。波待ちをしている僕らは幻想の世界にいるかのようだ。未だ寒い東京からここに来ると、世界中の人々が波待ちをしている。白人、日系人、インド人、そしてハワイアン。太ったアメリカ人のカップル、ビキニを着た留学生の日本人、痩せたアメリカ人。サーファーではなく、テンポラリーサーファーたちが溢れている。その光景は、日本で波待ちをしている時に感じる感覚とは、根源的に違う何かがあった。金色に輝くダイアモンドヘッドを沖合いから眺めていると、ワイキキビーチの高層ホテル群との存在のコントラストに軽いめまいを覚える。土地の力が軽々と資本主義のシステムを飲み込んでしまうような、自然の力に底知れぬ恐ろしさを感じたのかもしれない。海の上まで広がるリゾートカルチャは、とても底深い自然の力に晒されている脆弱な存在だった。そのことを僕は痛感し、ライトな無常観に至った。

結婚式は、後輩のニューヨークから来た旧友たちと、日本から来た友人たちが集う愛情深いものだった。各々のスピーチにて、複雑な家庭環境・人生の岐路のなか、とても心温まる交流があったのだと知ると、感涙せずにはいられなかった。僕は彼のいままで一面しか知らなかったのだ。

ロータス・エリーゼをレンタルし、僕は海岸沿いの道をパールハーバーから、ワイメア、ハナウマベイへと走った。軽やかに駆けるスポーツカーでハワイの空気を満喫し、初めてハナウマベイを見た。

そこは自然保護の徹底されたビーチで、素晴らしい景観だった。しかし僕はここへ来たことだけで十分な意味があった。僕はハワイをいままで嫌っていたし、また義理の祖父の筆名の元になったというこの地については、素晴らしい土地だと人にいわれる度に、心の底で拒んでいたものがあった。

複雑な家庭環境は、僕の幼少期にもあった。父と義理の祖父の関係、また祖母と義理の祖父の関係等。さまざまな視点からその人物・家族像が断片化されて語られる物語、そのひとつが僕の記憶に強い影響を及ぼしてきた。いままでは、その断片が僕の人生に大きな影を落としているのだと、自分では思っていた。

しかしそうではなかった。僕は義理の祖父に直接言われた一言に、そこから起こった一連の出来事と紐付けて記憶を操作していたのだった。『もうお前の祖父ではない』と言われ、そこからすべてが失われたと自分は思い込んでいたのだ。

ノーベル賞脳科学者の ジェラルド M. エーデルマン氏は、人の意識は、脳の外部的な近くからの情報と、記憶の情報が複雑にフィードバックを繰り返し、発生する脳現象から生まれた何か(彼は脳の機能運動をCとし、意識をC´と仮説している)
つまり意識は、外部の入力と、内部の入力(記憶)が混在した状態に過ぎないのだと書いている。

二歳の時に入力された記憶と、繰りかえし形成された人からの物語が混在していびつな意識を生み出していた。しかし今回ゆっくりとハワイの土地に触れたことで、別の意識が芽生えたらしい。

ここに書くにはとても長い話になるので、今日はここまでにしたいと思う。
tokyotaro

| | Comments (0) | TrackBack (4)

« March 2007 | Main | June 2007 »