« March 2008 | Main | May 2008 »

April 2008

April 29, 2008

春の海原。葉山→初島

Hatsusima2_2

葉山マリーナを出発したのは10時半だった。
昨晩の雨天から曇り空となり、肌寒い海原へとボートで出航した。
33フィートのクルーザー。相模湾に面する葉山から、伊豆初島までは一時間半程度の航海だ。友人たちと集い、十名ほどで一路向かった。近海であるのだが、初島までの航海では出会う船は少ない。ちょうど五海里程度の沖合いを進むため、ヨットや小型船舶が沿岸で楽しむ航路をずれているからだという。
360度に拡がる海原と水平線を眺めていると、普段の生活をまったく離れてしまう。至極気持ちが良い。
潮風を浴び、若干具合も悪くなる者もあったけれど、無事島に到着できた。

Hatsusima1

初島に来ると、まるで遠い小島に来たかのようだ。とても都内から二時間程度でやって来た場所ではない。岸壁に干された網のカラーが眩しく、その収穫物である初島の豊かな海産物を堪能した。あわび、イカ、伊勢海老。新鮮過ぎるくらい新鮮である。実に素晴らしい食材だった。

青山次郎氏はひと夏のヨット生活とぐい飲みを交換したと随筆に書いているけれど、確かに交換する価値のある程、海は喜びがあるなと思う。ヨットで来ると、同じ航路が8時間かかるそうだ。普段のサーフィンに似た自然の力には憧憬があるけれど、まあ僕は船旅には強くないらしい。

僕は昔ヨット部に在籍して一年を海で過ごしたことがある。しかしある台風の時沖の波に呑まれて以来、海が怖くなって部を辞めてしまいヨットには乗らなくなった。その後、高校時代の友人がヨットレースで他界したりと、確かに海の恐ろしい側面も良く理解している。やがてサーフィンをするようになって再び海に戻り、沿岸では大丈夫だけど、やはり陸地が見えないと少し不安になるらしい。

翌日僕は筋肉痛になっていた。多分、体中に力を入れていたのかもと、自分を笑った。友人たちはまったく大丈夫だったらしく、至極楽しかったと笑っていた。


| | Comments (0) | TrackBack (0)

April 25, 2008

現在は過去の文化の複製を生み出し、そこに文化を感じていることで危うげに結びついている。

200701311619
現在は過去の文化の複製を生み出し、そこに文化を感じていることで危うげに結びついている。多様であった文化は、「共通言語」として一元化されていく方向を進んでいる。世界は一元化した「共通言語」で人の魂を救済できるのであろうか。

メディアの技術は「共通言語」を生み出し、世界の知識を一元化しつつある。しかし共通言語は幸せをもたらすのかどうかは分からない。「共通言語」の間で魂は凍りつくかもしれないし、結びつくはずの糸が解けていくきっかけになるのかもしれない。それでも技術は世界を結びつけ、人の魂を浚っていく。蟹の群れを底引き網が根こそぎ浚っていってしまうように。それでも人の魂は、海底に潜む蟹のようにしか生きていけない。

紙はかつて人々の魂に大胆な変化をもたらした。それまでの人は紙によって、別の空間、時間からやって来る他の人の言葉を知らなかった。言葉は人の口から出で、人の耳に入るものでしかなかった。息、体温、その場の空気というノイズとともに、言葉は語られるだけであり、同時の空間の中で紡ぎだされるものでしかなかった。物語も知識も、人の口から膨大な周辺の情報と共に伝えられ、それを人は理解し、その周辺情報の残滓から文化が育成された。神話、方言、さまざまな所作は、そういうノイズを包含しながら真髄であるところの意味を醸成して来たのである。
 
無駄がなくては文化が出来ないと言う真意は、つまりはそういうところにある。酒が菌による醗酵によって生み出されるように、文化は不純物によって醗酵出来る。つまり、余りにも有機的なものなのである。だからこそ、文化は宿木であるところの、人を決して出ることができない。宿木が失われればその文化は死んでしまう。

周囲に存在する人は、文化の伝承者として尊敬され、社会的な位置づけを帯びていた。勿論すべてが優秀な伝承者であったわけではない。副産物として迷信が生まれ、無知蒙昧な人々となっていたことも否めない。十八世紀以降の「文化人」たちは、啓蒙(エンライトメント=光を当てるという英語の方が分かりやすい)と称して市民社会を生み出そうとした昔の人々は、そういう不純物に目をつけて浚っていった。次第に宿木は倒され、無知の蔑称と共に排斥されて来たのが、つまり近代である。マルクスが自然から疎外された存在としての人間を発見できたのも、まさにそういう現実が顕在化しつつあるのを目の当たりにしたからだろう。

 グーテンベルグの印刷機の発明も、紙の大量生産も、文化の神話性を貶める役割を帯び、やがて写真、映画、音響装置の発明が拍車をかけてきた。テレビとインターネットがあまねく普及した(つまりユビキタスある)現代の市民社会はそういう文化の磨耗のある極点となっている。これは地球温暖化よりも深刻な問題であり、人の生きる意味に関わる問題である。(日本の自殺者の急増も、蓋し文化の崩壊と深刻な関わりがある。)

勿論現在も、企業文化等、「文化」という言葉は周囲に満ちている。しかしその「文化」という言葉は文化のメタファーでしかない。「共通言語」は、政治的な思惑とシンクロナイズし、つまりデファクト化した知性として、最後の砦である言語の障壁をクリアしようと目論んでいる。これも技術の進歩で早晩実現するかもしれない。

そこには不純物は存在しない。純粋な水で生物が死に絶えるようにすべての魂は死に絶えるだろう。その先に残るものは、ゾンビとなった人に過ぎないのではないか。ゾンビにも欲望はあるのだろうか。そこは平準化した死=最大化されたエントロピーが満ち満ちた静かな地獄であるにちがいない。

ネットワークを完璧に破壊するウィルス以外に「魂」を救える救済者はいない。キリストは再度降臨するだろうか。

 

アポフィス (99942 Apophis) は、アテン群に属する地球近傍小惑星の一つ。2004年6月に発見された。地球軌道のすぐ外側から金星軌道付近までの楕円軌道を323日かけて公転している。

アポフィスという名は古代エジプトの悪神アペプ(ギリシア語でアポピス、ラテン語でアポフィス)に由来する。

2004年12月、まだ2004 MN4という仮符号で呼ばれていたこの小惑星が2029年に地球と衝突するかもしれないと報道され、一時話題になった。その後、少なくとも2029年の接近では衝突しないことが判明している。


 

 

| | Comments (0) | TrackBack (0)

April 08, 2008

春の房総・サーフポイントを巡る。

Photo_21

青空、暖かい南風。週末、房総へサーフィンに行く。
鴨川の歴史あるポイント・シーサイドで緩い波に乗り、ようやく春の到来を感じた。鴨川でも有数の高級なマンションが立ち並び、とても気持ちの良い場所だった。波は膝、たまに腰くらいのセットが来るだけだったが、スムースなライディング、そして鹿嶋とは違う緩やかな豊かさ、というか荒涼としたところがない。

翌日、長期に波を楽しむために滞在する場所を探すため、房総を一日で周ろうと、国道128号を北上した。

勝浦の部原は波がなかったが、日本有数のポイントであり、目の前にはロイヤルバンベール勝浦というマンションが建っている。ここだったら、毎日良い波が見えるだろうと、夢想する。

次にサン・ドライブインから崖下を眺める。ここはかつて霊場だった土地であり、現在ドライブインは閉鎖されている。部原がクローズすると素晴らしい波が立つそうだが、高所から眺めると降りるのが怖そうだ。また後に知ったけど、幽霊話も多いところだそうだ。昼は燦燦と陽が差し、そういう雰囲気はないのだが…。Photo_16


次に御宿に寄り、そこから岩舟へ。釣師海岸へと128号から細道を左へとしばらく向かう。次第に人気がなくなり、海岸への入り口が現れる。その崖に掘られたそら恐ろしい程暗いトンネルを抜けると、切り立った崖の下にある海岸に出る。落石が一面に散乱している。なんでもここはサーフスポットだけでなく、ゲイ・ビーチとしても有名らしい。Photo_17


やがて128号を北上していくと、お洒落なサーフショップが大東を過ぎた辺りから点在しはじめる。サーフショップに併設されたカフェでクラムチャウダーを飲む。

Photo_18
一宮、片貝海岸を過ぎ、最後に向かったのは、九十九里の成東周辺。
ここまで房総を北上する来ると、人影もなく、荒涼とした海が広がっている。

同じ天候の中周ってみると、本当に表情が異なっている。普段良く行っている茨城とも、湘南とも違うなと思う。なかなか一箇所に場所を決めるのは難しい。さまざな土地を巡りつつ、波に乗るのが一番楽しいのかも知れない。


| | Comments (0) | TrackBack (0)

« March 2008 | Main | May 2008 »