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December 2008

December 31, 2008

日本企業の技術力。求められる発想の転換。

米研究機関、合計16台のPS3でスーパーコンピューターを構築したという『研究グループは合計16台のPS3を安価なギガビットハブを使って接続。その上でこれらのPS3にOpen MPIをインストールすることで、HPCクラスタを構築することに成功したそうだ。(中略)16台のPS3クラスタのパフォーマンスは40GFLOPSにも』ということである。なによりも素晴らしいのは、安価でスーパーコンピューターを構築できることにある。一台4万円としても、ブラックホールの解析に利用できる機能が、僅か64万円にしかならない。

このような発想ができるのが、アメリカの知力の凄みである。日本だと、予算に応じて官僚的な思考で用意していくのが常だからだ。日本全般、『予算をいかに獲得し、消化していくか』という官僚的思考から脱却する勇気があるならば、不況のさなかではあるけれど、日本の力は十分に発揮できる。

地方自治体も企業も学校も、すべての日本人が早晩に官僚的な組織機構を真似る方向から脱却し、組織のストレッチングをしていくべきだろう。規制や保護という官僚主義の強化を図るなら、まるで拘束衣を着させられるようなもので、健康な肉体も次第に病んでいってしまうに違いない。

来年こそより自由に、柔軟に。<tokyotaros>

Ps3

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December 30, 2008

ニートという人々と日本社会の今後

Hello_mr_donuts
このたびニートの職業訓練を法制化するという話がある。
2ちゃんねる等を見ていると、さっそくこの新法に関するコメントが多数投稿され、端的にニートと称する人々の意見を集約してみるならば、『仕事があるなら失業者に与えてあげるべきであり、自分たちは食べていられるのだからほっておいてほしい』という話である。もちろんニートの人々は、多分親のスネをかじったり、または遺産等十分にある人々なのだろう。

ちょうど加藤周一氏の1960−70年代の評論を読んでいるのだけれども、その当時の左翼の若者、またはヒッピーのような若者たちは、中流階級の典型的な生活に失望したのだと書いている。中国が転向し、ソビエトが崩壊した現在から眺めてみると、このアメリカ型資本主義が謳歌している実情からは、ファンタジーに聴こえる。(現在はリセッションとなっているが)彼らが失望した中流階級的な生活とは何であろう。蓋し、給与生活者、または中小企業を商い、テレビ、洗濯機、冷蔵庫等の家電が配備された家に居住し、スーパーマーケットで生活物資を購入し、消費する生活である。現在、中国、ロシアであっても、その生活を否定する者などいない。それを当時はプチブル的な態度と批判した。つまりは資本家でもないのに、資本家に同調していると。

リセッションに突入し、アメリカ経済も危ういと、世間は蜂が暴れ回るように騒いでいる。日本は対岸の火事だと思っていた人も多かったので、尚更焦っている。そして官僚や左翼崩れの人たちが、その期に乗じて金をかっさらおうと算段している。今朝もTVでは高橋是清の言葉を引用し、民主党も自民党の政治家も、巨大利権の復権=大きな政府を担ぎだそうと語っていた。アメリカのGDPは今後落ちると行っても、世界の第二位である日本の2倍は割らない。安保反対の癖にアメリカで稼ぎ、アメリカが没落するとなると既得権益の確保に走る。かつて在野に散った左翼の残党(役人、代議士)は国の根幹を考えず、自らの正当化に走る。郵政省を復活しようという、弱者の庇護を隠れ蓑にした下郎も絶えない。

若者に自分の生き方の正しさを背負わせたり、心配している振りをして弱者を食い物にしたりするべきではない。人生に失敗すれば路頭に迷い、成功すればそのまま安泰である。別に誰も助けることはなく、日本が右肩上がりに成長していく必要もない。

幸福はGDPの成長と比例しない。つまり金とは比例しない。もし生きていくことができない人がいるならば、助けるのはリアルな人であり、殺すのもリアルな人である。どうしてシステムが救う必要があるのだろう。彼らは助けなど求めていないし、税金をかけて助ける必要もない。彼らは十分にブルジョアであり、死のうと死ぬまいとそれも本人の問題だ。残念ながら人生の宿命は、自らが負うしかない。誰もニートであれと強いてはいない。

なぜ助ける振りをして権益を生み出すのか、そして人から金(税)を奪うのか。民主主義と自由主義の原則に立ち戻り、小さな政府への道はやめるべきではない。
 
政府主導の職業訓練は、希望するニートに制度として設けるオプションは可能だろうが、現在の案のように、政府が人を派遣して実情を把握し、促して社会参加させるというのは現実的に無理だろう。効率を考え、国家主導で矯正する案だとしたら、徴兵制また準ずる国家労働奉仕が妥当だと傾く他はない。


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December 17, 2008

冬の東京タワーを眺める。『50』のライトアップ。

20081201195950
六本木ヒルズのけやき坂に架かる橋から眺めると、東京タワーがちょうど遠望できる。今年は50周年らしく、様々なライトアップとともに、50の数字が窓に示されている。

2011年の地上波デジタルとともに、東京タワーはテレビ塔としての主役の座を降り、台東区にできる新タワーに役目を譲るそうだ。しかしケータイの発信塔としての機能等はそのまま残るので、取り壊されてしまうわけではない。

名古屋にも、札幌にもテレビ塔はあって、そこも観光地となっている。1958年当時、20歳だった若者も、もはや古希(70歳)となり、インターネットでNHKもVODを実施した2008年、TVの時代は翳りを迎えている。1950年代の黄金期だった映画界(東宝、東映、日活等)と同じく、権勢をほこるテレビ業界も歴史になっていくのだろう。

僕は学生の頃(1990年頃)、東京タワーの特別ラジオ番組をつくる仕事に関わったことがある。放送作家の下請けの下請けみたいな仕事だったけど、『東京タワー』みたいなモノを売り込むっていう仕事があるのだとはじめて知ったのは収穫だった。

もちろん今も広告代理店とかが、東京タワーを売り込んでいるし、そのおかげで無償で綺麗なタワーの姿を眺めることができるのは、東京都民と観光客にとってはあり難いことだ。皆に愛されている限り、100周年を迎えるかもしれない。

そのうちかっては「テレビ」という電波を流していた塔なんだよと、今の若者が孫に語る時代が来るのだろうか。


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December 12, 2008

自動車産業を失った米国経済はどういう道へ向かうのだろうか。

[ワシントン 11日 ロイター] 米上院は11日夜、自動車メーカー3社(ビッグスリー)救済法案について、妥協案で合意に達せず、事実上、年内の議会での救済法案をめぐる協議は打ち切りとなった。自動車メーカー救済法案は、上院での採決に持ち込むための審議打ち切り動議に十分な支持を得ることができず廃案となった。

自動車産業を失った米国経済はどういう道へ向かうのだろうか。

産業革命以来、資本の集中により発展して来た20世紀型の資本主義を牽引した産業構造が音を立てて崩れていく現場である。ビックスリーはなくなっても1社は残るだろうが、かつて英国が失った製造業を、追従するように米国は失っている。タバコ、自動車というアメリカを代表する産業が疲弊していく姿を見ると、かつてアメリカ文化に羨望の目を向けていた私たちは、大きな時代の転換を痛感する。<tokyotaro>

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