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February 2009

February 13, 2009

BEER&WINE STAND Sと13年の歳月

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山本宇一氏から案内をいただき、渋谷に出来た新しいショップに出掛けた。昨年の話である。

駒沢のバワリーキッチンがオープンしたのは、もう13年前にもなるだろう。彼は、その当時からの知り合いである。当時、僕はアメリカの資本の広告代理店に働いている二十代の若者だった。いつも駒沢に出かけては、明け方店が閉まるまで友達と徹夜で語り明かしたり、週末はブランチを楽しんでいた。ブック・リーディングを主宰していたブルース・バンドの方と知り合ったのもバワリーだったし、ある意味当時のカルチャーが肌に感じられる店だった。NYの肉屋街にあった画家のR・リキテンシュタインが懇意にしていた『フローレンス』という名の食堂に似ていると話をすると、山本氏も僕もその店は好きだと言っていたのを思い出す。

出来たばかりのバワリーキッチンのオーナーとして忙しく働いていた山本氏は、九十年代後半、メディアでも時代の提案者として注目の人となった。日本中の喫茶店がカフェになり、真夜中に酒を飲まずにお茶を飲む時代が来た。いわゆるカフェ・ブームである。その立役者としてHeadsという企画会社を発展させ、現在も空間プロデュースの仕事で大活躍している。今でも13年前と同じ物腰のしなやかさを失わなず、昔のみずみずしさを感じさせるのは立派だと思う。いわゆる鼻持ちならない嫌味なトレンドセッターとは、一味違う矜持がある。
13年前僕は当時酒の仕事をしていた。高級クラブ・スナックの衰退期であり、先輩が後輩に酒の飲み方を教えることが少なくなっていく時代だった。日本の酒文化はある意味転換点を迎えていた。そのうち巷に溢れているスナックはなくなると予測していたけれど、本当にそういう世の中になり、みんなは人との直接的な繋がりを避けるようになりつつあった。インターネットが台頭しはじめ、街をぶらつくかわりにネットの世界に若者が吸い込まれて行った。情報手段が蔓延し、世の中は回り道をすることが、極端に少なくなりはじめた。

現在、店というメディアが何を発信できるのだろう。昔のディスコ・クラブのように新しい世界の情報を受け取る為にわざわざ出向く(何も釣れない日もあるのに)若者っていまもいるのだろうか。80年代は最新の情報は街にあったけれども、そういう意味では街(東京)は貧しくなったなと痛感する。街が既知&既存情報の追体験をする場所のようになってしまったのは、21世紀になってからだろう。

「美味しいワインとおつまみ(ハム)が安く楽しめるシンプルな場所」と、BEER&WINE STAND Sのことを山本氏は言っていた。フィジカルな要素を満足させるというシンプルな答が、とても現在の東京の状況を示唆していると思う。

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February 12, 2009

千葉に週末の家を借りて、半年が経ち…。

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千葉の一宮から東浪見に向かう途中にサンライズというポイントがある。朝に海辺に出ると、海から朝日が昇ってくる。サーフィンをする人には知られているが、普通は波乗り通りから御宿に向かう途上で通り過ぎてしまう場所のひとつに過ぎない。近くには和食屋とサーフショップがあるだけで、めぼしいものは特にない。

2008年の8月以降、僕の週末のほとんどをこの場所で過ごしている。東京の港区を出ると、ちょうど一時間半の道のり、約100km程度のドライブになる。辺鄙なところなので、友達が来ることもない。夜中に自動車を走らせると、暗闇には無数の虫の大群と、時折現れる狸などの小動物の姿しかない。冬は澄み渡った空に星が満ちている。わざわざ家賃を払って週末を過ごすとところだろうか分からない。東京から波情報を見て、その日の気分でさまざまなポイントを探して東奔西走することもなくなった。その代わり、少しだけぽっかり空いた時間が残る。

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屋上から海を向かって眺める。夏は一日だけ素晴らしい花火を観ることもできる。朝サーフィンをした後、海風を受けながら、屋上でビールを飲む。晴天。からだから余分な力が抜けていくのを感じる。東京近郊の経済の発展はこういう空虚な場所を埋めていってしまった。昔の湘南にも、こういうぽっかりぬけた感じがあって良かったなと、僕は祖母とピクニックをした頃の、湘南の松林や茅ヶ崎の海岸を想う。


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