« January 2011 | Main | October 2011 »

March 2011

March 16, 2011

東日本大地震に。

人は、人を通じてしか、世界に触れられない。
だから世界の事象に人の名前をつけたがる。いうまでもなく、世界には人が介在しない事象もある。それを神と名づけてしまうのも、人が脆弱な存在である所以だ。

大地震のさなかで津波に飲み込まれ、または土砂に流され命を失った人々に祈りを捧げる。また辛い状況にさらされている被災者の無事を願う。

現在も危機にさらされている、勿論僕の家族を含んだ、東北・関東のひとびとは、やはり人の繋がりのなかに救いを求めていく。様々な流言、また停電、インフラの崩壊によるストレスを持った人々が、言葉を通じて人に及ぼして行くのは、善ばかりではない。インターネットというかつて存在しなかったインフラは、僕は特にツイッターを読んでいたが、僕がフォローしている限りでは、皆冷静で、また愛情に溢れていた人々だと思う。それでも、自分を含めて様々な流言に惑うし、また善かれと思って、嘘を流す人も少なくなかった。

政治家、特に首相は東京電力のマネージメントを罵倒したらしいが、皆は政府を罵倒したいだろう。それが無益なことは誰もが分かっているのに、人を責めようとする。日本のメディアの一部、また社民党の福島瑞穂代表は、電力の配布を地域単位でするべきではなく、病院等に細分化し、コントロールすべきだとか、また「友愛」で日米関係を壊した視点と同じ空論をほざき、現に懸命にやっている人々を間接的に愚弄している。もう人を責めるのをやめよう。石原首相は日本人の我欲に対する天罰と言ったそうだが、さすがに「天罰」というのは辛い。

僕は神の試練だと思う。僕らは脆弱な存在だ。だからこそ、僕らはきっと乗り越えて、次の地平に立つのだと深く信じている。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

« January 2011 | Main | October 2011 »